富士山

富士山、信仰と宗教の山

富士山は、富士山そのものを神さまとしたり、信仰・崇拝の対象とする信仰の山です。代表は、浅間信仰で各地に浅間神社があります。その他、著名なものに富士講や村山修験などがあげられます。

富士講は、江戸時代、御師が宿舎の提供だけでなく、教義の指導や祈祷など富士信仰全般を世話し、これによって庶民の間で爆発的な興隆を見せました。関東・中部はもちろん、東北や近畿など全国的に広がり、これによって各地に浅間神社が祀られ、富士塚が築かれるようになりました。

一方の村山修験は、富士山頂に大日寺を構えた末代上人が山麓の村山(現富士宮市)の富士山興法寺を拠点に行った富士山域の回峰行です。富士講に比べ修行色が強く、富士山腹から宝永山や愛鷹山、三島明神(三島大社)などを26日かけて巡ったと言います。

全日本大学女子選抜駅伝競走は、名前の通り日本学生陸上競技連合主催の女子の大学駅伝大会です。平成6年から開催され、平成25年からは正式略称を「富士山女子駅伝」として、富士山本宮浅間大社前をスタートし、富士総合運動公園陸上競技場までの7区間全43.4kmのコースで、例年冬季に行われてきました。富士での開催4回目を迎えた今年は、年末12月30日の開催となっています。さしづめ、現代版の回峰行と言えるのでしょうか。

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浅間信仰の核となる浅間神社は、静岡県や山梨県を中心に全国に約1300社が分布しており、静岡県では115社が数えられます。富士山8合目以上の大半を境内とする富士山本宮浅間大社(富士宮市)を総本宮としています。

ちなみに、富士山頂を含むこのエリアは、県境をめぐって静岡県と山梨県の間に争いがあり、どちらの県でもありません。山頂の神社や富士山頂郵便局の住所は、「〒418-0011 静岡県富士宮市粟倉地先」。県境がないのも、県境が定まっていないのに住所が静岡県というのも不思議です。

タイトルの「富士山、信仰と宗教の山」の意味は、富士山そのものを信仰の対象とする宗教活動もそうですが、神々しい富士山の周辺にはその他数多くの宗教的な遺産が残されています。富士山には月見草ならぬ新旧取り合わせて宗教が似合うのです。

古くなりますが、日蓮上人は1257年富士市岩本にある実相寺に籠り、天台宗僧・円珍が唐から請来した一切経を閲読、思索し、同寺で立正安国論を起草しました。政治、宗教のあるべき姿を当時の鎌倉幕府執権北条時頼に提出したものです。残念なことに、その一切経は、一部を残して武田氏の兵火により焼失しています。実相寺は、富士市でも有数の伽藍を備えたお寺であり、その佇まいは日蓮聖人ゆかりの寺として整備されています。

富士市今井の毘沙門天は、お寺のHPによれば「今を去る千年余、山伏たちが寺裏の田子の浦海岸で水ごりを取り、海抜ゼロメートルから富士山に登った、その禊ぎの道場が当山の起こり」とされています。このお寺を出発点に海抜ゼロメートルからの富士登山もありかもしれません。

主神の毘沙門天像は、聖徳太子の御親作と伝わっています。普通の像が悪鬼を踏みつけているのに対し、この像は聖徳太子の上に毘沙門天王が立って護るという開運の「守護神像」だそうです。『日本書紀』第21には、聖徳太子が物部守屋を征討した時、四天王像を造って祈願して戦勝し、後に摂津国に四天王寺を造立した、と記されています。聖徳太子と四天王、なかでも毘沙門天とのかかわりは深い関係があります。

富士の毘沙門様は、正式には香久(こうきゅう)山妙法寺といいますが、これも奈良の香具山にちなんだ名前との説もあります。伝説では、聖徳太子が神馬に乗り、富士山を越え、信濃の国に至ったとする「甲斐の黒駒」伝説もあるなど、静岡県の富士から山梨県、長野県にかけては、聖徳太子と強いつながりのある地域です。

毘沙門天

なお、この毘沙門天の2月の大祭は、日本三大だるま市の1つとして有名で、ここで売られる立派なひげのだるまは五穀豊穣、商売繁昌などの縁起物として人気があります。

このほかにも、沼津の白隠禅寺、興津の清見寺など、富士を取り巻く名刹・古刹が数多くあります。富士山と信仰をテーマに行脚する旅はいかがでしょうか?

 

静岡県ホテル旅館生活衛生同業組合 専務理事 府川博明

2016-12-05 | Posted in 富士山Comments Closed