富士山
富士山と「ラブライブ!サンシャイン」
富士の麓に生まれた作家と言えば、沼津にゆかりの芹澤光治良と井上靖の名前が浮かびます。 芹澤光治郎の生まれた沼津市我入道には、芹澤文学館があり、我入道連合自治会館の壁に次の文章が刻 み込まれています。 われこの地に生まれ 跣で育ちて 世にはばたけど 時に西風胸を叩きて だせん(難船)だと おびやかしてやまず されど清き狩野の流れ 心を洗ひ けだかき富岳は常にわれをはげませり 翁になりて帰れば 村人は豊かに極楽人になりて我を迎う 思えばありがたきかな 本籍ここにありて 極楽人の仲間なるを 1983年 八十六翁 光治良 我入道は、もとは島だったという標高70メートルの牛臥山の麓に抱かれるような小さな漁村で、牛臥山を挟んだ山向こうは、大正天皇が皇太子時代に静養のため造営された沼津の御用邸があります。 芹澤光治良の生い立ちの中では、ここでのきびしい生活もあったのでしょうが、富士山を望む当時の牛臥は静岡県の中でも気候温暖な入り江の村で、先の壁文にも後年になってのその気持ちが反映されていそうです。 もう一方の井上靖は、伊豆湯ヶ島(現・伊豆市)で代々続く医者の家に生まれ、父が軍医として従軍していたため、郷里伊豆湯ヶ島で育ちました。
幼い頃、どうしてあんなに富士が大きく見えたのであろう。北の空いっ
ぱいに拡って見えた。私たち子供は田圃の畦道に棒杭のように突立って、
ひびの切れた手に、白い息を吹っかけながら元旦の富士を見た。楽しいこ
とが起るに違いない期待に胸をふくらませ、倦(あ)かず富士を見た。
(井上靖文学館HP、1966(昭和41)年1月1日付『東京新聞』発表)
また、富士山と作家と言えば、誰もが太宰治の名前を思い浮かべ、「富嶽百景」を思いおこすことでしょう。「富士には月見草が良く似合ふ」の一節で知られるこの小説は、河口湖町の御坂峠の天下茶屋に滞在したときのものです。 しかし、太宰は伊豆半島の西の付け根、先ほど触れた我入道からほど近い沼津市三津にある創業明治22年の安田屋旅館に、昭和22年2月上旬から約半月ほど滞在し、名作「斜陽」を執筆しました。 安田屋旅館は、国登録有形文化財に登録された純和風数寄屋造りの落ち着いた佇まいの建物ですが、太宰が逗留して執筆した部屋が、当時の雰囲気をそのままに残され、宿泊もできます。この海に面して二方が廊下になった10畳の角部屋からは船着き場と富士山が眺望できるそうです。執筆の合間には駿河湾越しの富士山を見ながら目を休ませたことでしょう。 時代は下って、またこの三津が脚光を浴びています。 新しい「みんなで叶える物語」をキーワードにアニメーション DVD&BD付音楽、CDのリリース、イベント、雑誌、スマートフォン向けアプリなど、様々なメディアを巻き込んだ「スクールアイドルプロジェクト」だそうですが、おじさんには何のことかよくわからないことが多いのですが、沼津市内浦を舞台にしたスクールアイドルグループ「Aqours(アクア)」によって展開する物語なのだそうです。 平成28年の7月から9月に放送されたテレビアニメ「ラブライブ!サンシャイン」は、沼津市内浦に架空の女子高校の「浦の星女学院」を設定し、統廃合の危機に瀕していた中、学校を盛り上げるために9人の生徒が立ち上がり、スクールアイドルを目指すというここを舞台とする物語が展開されています。 ビジュアルのロケ地として沼津市内浦がたくさん出てきたため、宿泊施設、バス、遊覧船、神社などを多くの聖地巡礼者が訪れる騒ぎになっています。 時代が変わり、物語も変わっていきます。 静岡県ホテル旅館生活衛生同業組合 専務理事 府川博明